TPA23「雑感」2/3
- tenchijin | 天地人
- 2023年12月18日
- 読了時間: 3分
Tokyo Poatrait Award 2023についての2回目の記事になります。
前回の記事もたくさんの方から読んでいただきとても嬉しいです。
僕の展示作品とあわせて読んでいただけると、少し意図とかも理解いただけるのかな?
(前記事はこちらを参照してください)
在廊をほぼしていなかったので、紙面で申し訳ないです。
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ポートレートは人物写真であることには間違いないんだけど、自分の考えている写真はそこに生きている人間とその時代や時間やもっといえば息づかい、空気などを写す(記録する)ことなんだろうと思っていて、そこに共感できるんならそれが「いい写真」なんだろうな、と思うことが多い。だからもちろん自分が見た世界を描くんだから忠実に色や光を再現する必要はないんだろうとも思う。
こういう難しい話は得意ではないんだけど、何が言いたいかというとほかのジャンルの写真と違って「ポートレートは自由だ!」ということ。こういう写真はよくてこういう写真はだめ!っていうことがなくて、スキかキライかでいいと思うんです。
自分の好きな写真を撮っていくことが一番楽しいと思うんですよね。
さて、本題(雑感なのでとりとめはないのだが)です。今回の写真展に設置した写真集にこんなコラムを入れさせていただきました。
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コロナ禍は今となっては
暗い過去ではあるが
その渦中にいた時も
私たちは逞しく生きてきた。
今年の春、新しくて
自由で明るい
未来が来ることに願いを込めて
「初詣」
をイメージした撮影を行った。
すべての人類が
幸せで希望に満ちた時代に
なることを切に祈る。
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Title :「雑踏」 date : 2022.12 Location : Asakusa,Tokyo
Camera : Nikon D6
Lens : Nikon AF-S 85mm f/1.4G
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ポートレートとは間違いなく人物を「撮影」することに他ならない。撮影の主題とは目標を達成するためのテーマとなるものだ。そのテーマは人物すなわちモデルで主題を表現することになる。
組写真の2枚目はモデルと正対する写真を入れたいと思った。
撮影した人はご存じの通り、青沼まなは愛嬌のある素の笑顔の美しい女性である。その心情が表情に零れんばかりに溢れてしまうのだ。私は敢えて彼女の何とでも、どれとでもとれるような表情を選んだ。哀しいのか、喜んでいるのか、驚いているのか、落ち着いているのか。雑踏の中で、彼女は一体何を考えているのだろう。なかなか読み取ることができない。そう、観る側の想像を膨らませることにこの1枚の写真の価値があるのだ。
撮影は逆光の雑踏の中でカメラを頭上に持ち上げ、俯瞰した位置から撮影している。敢えて彼女の存在感を高めるために縦位置の中央構図である。アイキャッチを狙って白い簾の露天をカメラマンの背になるように撮影している。
(敬称略)
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